母はクレマチス、おばあちゃんはテッセンと呼んでいました。
当時住んでいた家の庭は日当たりが悪く、そのクレマも日陰に植えられていました。それでも花が咲くと、おばあちゃんは喜んでいた記憶があります。
働き者だったおばあちゃんは、ヤクルトを自転車で配達する仕事をしていて、それもあって、あちこちにたくさんの知り合いがいました。
家に茶飲み友達を連れてくるので、小学生だった私はリンゴをむいたりしておもてなしをし、あらぁ偉いわね~などと誉められていたものでした。
いつからか、おばあちゃんは仕事中にお釣りをよく間違えるようになりました。
配達を忘れてしまったり、違う商品を届けてしまうことも多くなりました。
認知症のはじまりでした。
庭のクレマはいつの間にか姿を見せなくなりました。
おばあちゃん、クレマのつるがこんなにも細いものだったなんて、私知らなかったよ。